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パンと一緒のおいしい時間~パンのコウノウ?~

文と絵 大和田 聡子

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 夏休みのある日、わが家のテーブルに、麦茶のポットが出しっぱなしになっていました。「だあれ?冷蔵庫にしまわなかったの!」と、口をへの字にしながら、ひと口飲むと、「酸っぱい?」さらに口が曲がってしまいました。よく見ると細かな泡が、ポットに入れた麦茶のパックのまわりにくっついています。
 あれ?これってもしやビールなのかしら?と、暑さでくらくらしそうな頭は、遥か古代へと誘われて・・・・・・。
 はじまりのビールはパンからつくられていた話をご存じでしょうか?
 「メソポタミアのビールパン」として知られるそのパンは、ライ麦とスペルト小麦を捏ねて発酵させて焼いたパンでした。紀元前三千年前頃にメソポタミアのシュメール人が残した楔形文字にその記録が残されています。
 スペルト小麦とは、現在普通にパンやお菓子に使っている小麦の祖先にあたる麦ですが、いまなおドイツで、そして日本でも少ないながら生産されています。東京のパン屋でもパンにしている店がありますが、独特の風味が強くふっくらしたソフトなパンには向きません。粒の固さを活かしてリゾットに仕立てているイタリア料理店もあります。
 ビールパンが生まれたメソポタミアの時代は、麦粒を石で砕いて粉にしていたので、できたパンは麦の皮も混ざって、きっと重たく固いパンだったでしょう。
 すでに、食べるためのパンとビールパンは区別されていたようですが、エジプトにビールパンが伝わると、食べるパンと同じ形と大きさで、円盤型や三角形をしていて、ビール用パンには三本線で刻んだ目印がつけられました。その、三本線パンを水に溶かすとビールのできあがり。
 大きな素焼きのカメの水の中へ、ポンとパンを投げ込むと、またたくまにブクブク泡立ち、飲むとおいしいビールへ!なんて、まるで魔術師の技みたいです。
 ところが、実際には、一度高温で焼いたパンなので、パンの酵母菌は活きてはいないはず。それでもパンに付着したり、空気中に住んでいた酵母が、パンの糖分を餌にして活動をはじめ、暑い気温のもとで発酵の進みがはやかったとしても、充分に泡立った液体ができあがるまでには、二~三日はかかったでしょう。その頃のビールはアルコールも低く、濁っていて今のビールからはほど遠いものだったそうです。
 実は古代の人々にとって、ビールとは、楽しみよりも、水にかわる日常の大切な飲料であり、薬でした。アルコールによって消毒されたビールの方が水よりも衛生的と、女性も子供達も安心して飲んでいました。
 そして、パンも薬の材料となり、コウノウが期待されていたのです。例えば、パンに杜松(ネズ)の実とビールを混ぜた物は鎮痛剤、ガチョウの脂と蜂蜜、薬草を混ぜたものは整腸剤として、そして酸っぱいパンは育毛に効くなどなど・・・・・・。


大和田 聡子(おおわだ としこ) 東京都生れ
小麦育種家の父の影響で幼少からパンに親しむ。30歳を過ぎて父の開発にかかる岩手産「コユキコムギ」を使って独学でパンを焼きはじめ、2003年5月、目黒区洗足2-8-27の自宅の一角でナチュラルパン工房「ワルン・ロティ」を開く。チーズやワインにも造詣も深く各地で講師を務めるとともに、異色の創業者としてマスコミ等にも多数登場。著書に『自宅でパン屋はじめました』(河出書房新社刊)。
http://www.warungroti.com/