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パンと一緒のおいしい時間~されどクープに片思い~

文と絵 大和田 聡子

イラスト
 クープとは、パンの切り込みのこと。パン屋の店先でパチパチと音をたてて焼きあがったバゲットの表面に、ほら、何本か斜めに割れたラインがあって、その先端が尖っていたりするでしょう。あの切り込みがクープ、実はパンを焼く人にとってはあこがれの対象なんです。
 家庭でパンを焼く方々から、「クープが形よく入ったバゲットを焼きたいんです・・・・・・」と、相談される事がしばしば。
 クープは、オーブンに入れる直前のパン生地にクープナイフで切り込んでつくります。クープを入れるのは見た目の「飾り」と、火通りをよくして、中までしっかり焼けたパンにするため。パン生地が高温のオーブンで暖められると、勢いよく膨らむ力が表面の切り込みをグッと押し上げるのです。
 元気のいい尖ったクープは、オーブンの温度が決め手。ですから、高温を保ちにくい家庭のオーブンではちょっと難しいのですが、うまくコツをつかんで、あこがれのクープがつくれるようにと、こんなふうにアドバイスをしています。
 「一、パンを捏ねる時は、水分はやや少なめの堅めのパン生地にして。二、オーブンに入れる直前の発酵は天板に載せた状態で、それも早めに切り上げたら。三、クープナイフ(なければ安全カミソリを割り箸に挟んでしっかり止めたもので)勢いよくサッと、深めに切り込みを入れ。四、霧吹きをし、最高温度に予熱しておいたオーブンに天板ごと入れて扉を閉めたら。五、いったんスイッチを切って五~十分ぐらい待ち、もう一度スイッチを入れて百八十度位に温度を設定して様子をみながら焼きましょう」と。
 「日本の小麦粉と天然酵母のパン生地だと、ベタついてクープをいれにくくて・・・・・・」、とおっしゃる方には、バゲットの発祥説もお話しします。
 そもそもバゲットは、天然酵母パンだけだった時代から脱して生まれた近代的ニューウエイヴのパン。家族の見守るかまどではなく、パン屋の業務用のパン窯から誕生したパンです。
 パンを膨らませるための最初のイースト生産工場がパリ郊外に出来たのが十九世紀末。そのイーストを使って一八九〇年頃、パリのパン屋で登場した細長い形のパンがバゲット。その頃のバゲットは長さ七十センチ、直径六センチ、重さ二百五十~三百グラムと、現在とほぼ同じでクープは五~七本。
 パンの技術がイタリアから伝わって以来、バゲットが誕生するまで、ずっとフランスで焼かれていたパンの基本は「丸パン」。パン職人それぞれが自家製で育てた天然酵母をつかって発酵させた一個三百グラム以上のずっしり重たいパンが主流でした。パリッとして軽い食感のバゲットは、労働が軽くなり、主食をあまり必要としなくなった人々の都会的なライフスタイルにふさわしく、パリ市民に受け入れられ、一躍ヒーローとなりました。
 クープの見事なバゲットは確かにオシャレです。けれど今は、パリでもクープが一本だけや、あるやなしやのバゲットも見かけますし、日本での日本の小麦&天然酵母のバゲットもモッチリとした食感がまた格別なもの。姿形のよいパンは本職のパン屋にまかせて、家庭で焼くパンは愛情が一番。おいしければいいんじゃないかしら。と心の中で何時も思っているのです。
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大和田 聡子(おおわだ としこ) 東京都生れ
小麦育種家の父の影響で幼少からパンに親しむ。30歳を過ぎて父の開発にかかる岩手産「コユキコムギ」を使って独学でパンを焼きはじめ、2003年5月、目黒区洗足2-8-27の自宅の一角でナチュラルパン工房「ワルン・ロティ」を開く。チーズやワインにも造詣も深く各地で講師を務めるとともに、異色の創業者としてマスコミ等にも多数登場。著書に『自宅でパン屋はじめました』(河出書房新社刊)。
http://www.warungroti.com/