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パンと一緒のおいしい時間その37 ~上げようか、上げまいか、パンの値段~

文と絵 大和田 聡子

0804_bread_01.jpg 「悪いことはいいません。バターのカイダメしておいた方がいいですよ。」と、チーズの卸業者の方が耳打ちしてくれたのは、去年の秋の初め。
 いえいえ、こちらは出入りの業者さんが強い味方だから大丈夫と、気にしないでいたのですが、その週末にパンを買いに来てくれたパティシェの友人が、「バターどうしてます?」と。
 さすがに胸のうちに、不安が渦巻き、慌てて近所の食材屋さんに、「いますぐ行きますから、バター一ケース三十個、必ず取って置いてください!」と電話をして、自転車をフル回転でこぎました。
 果たして、その店でも翌週から、「バターはお一人様二個まで」との張り紙。それから、ずっと業務用バターは品不足で、「ただいま品切れ」「一度に○個まで」の状態が続いています。手に入ったバターも価格はぐんと上昇。価格はともあれ、なぜ足りないのかが、いまひとつ伝わってきません。
 卸業者の話によると、牛乳がありあまるようになって、国が牛乳の減産政策を進めていたところの、昨夏の酷暑。少なくなった牛も暑さゆえ、お乳をあまりだせなくて、牛乳の生産が落ちたそうです。そうなると、もともとあまり利益のでない業務用のバターをつくるのは一番後回し・・・・・・だとか。
 食材屋さんのバターの棚はすっからかん、けれども、隣の輸入バターは、1ポンド(四百五十グラム)約三千円。海外の乳製品も同じように不足しているのは、中国、インド、ロシアなどでの需要が増加したことや、乳牛の食べるトウモロコシなどの飼料の高騰によるものだそう。
 クリスマスが近づいた頃、「今年もシュトーレンを焼いたから」と、パン職人友達がプレゼントしてくれました。「ただ、値上げしたよ。去年は六百円だったけど、今年は八百円。つらいなあ・・・・・・」と、心配顔で。
 シュトーレンは、バターはたっぷり。ドライフルーツも、小麦粉も、材料があっちもこっちも値上がりしたのですから、仕方がありません。ただ、パン屋としては、お客さまが離れてゆくのが、とてもとても不安なのです。
 バターを使わなくても、パンは焼けるのですが、小麦粉がなくてはパンは焼けません。
 日本は小麦自給率はわずか十四パーセント。ほとんどが海外に頼っています。去年から、日本の輸入小麦の価格は、国際相場に連動して上がったり下がったりするようになりました。小麦の国際価格は、ここ一年で、ほぼ二.五倍にハイアップ!トウモロコシなどの穀物をバイオ燃料に使うようになり、農家が小麦畑から、儲かるトウモロコシ畑へ転作したり、オーストラリアの二年続きの大干ばつで収穫量が減少・・・・・・などなど、小麦をとりまく世界の環境は先の見えない厳しさ。
 夜中の二時、三時からの立ち仕事。「キツイ、キタナイ、キケン」の頭文字をとって、3Kと呼ばれたパン職人の仕事ですが、「質の良いおいしいパンをつくりたい」と頑張る若い人たちが、私の工房へも夢を語りにきます。彼等が「カイショウナシ」で4Kにならないためには、値上げもお客様に理解していただけたらと、願います。
 ワルン・ロティが使う粉は、岩手の小麦です。けれど、やっぱり値上げ。さて、パンは上げようか上げまいか、毎日悩んでいるのです・・・・・・。


大和田 聡子(おおわだ としこ) 東京都生れ
小麦育種家の父の影響で幼少からパンに親しむ。30歳を過ぎて父の開発にかかる岩手産「コユキコムギ」を使って独学でパンを焼きはじめ、2003年5月、目黒区洗足2-8-27の自宅の一角でナチュラルパン工房「ワルン・ロティ」を開く。チーズやワインにも造詣も深く各地で講師を務めるとともに、異色の創業者としてマスコミ等にも多数登場。著書に『自宅でパン屋はじめました』(河出書房新社刊)。
http://www.warungroti.com/