平塚神社九百年祭神幸
去る9月15日(土)・16日(日)の両日、上中里・平塚神社の九百年祭が挙行さ...
去る9月15日(土)・16日(日)の両日、上中里・平塚神社の九百年祭が挙行された。とりわけ16日の神幸祭は、地元の氏子すら記憶が定かではないという、中里親睦会・中里協和会・中里親和会・中里町自治会・上中里高台町会・上中里貝塚町会・上中里中央自治会・上中里三丁目自治会・昭和町自治会の氏子全9町会が宮神輿巡行を担う盛大な大祭となった。
先号でもふれたように、戦後2度目ともいわれる全町巡行が実現したのは、ひとえに神職・氏子たちの熱意によるものだ。企ては昨年暮れには決定していたようだが、長らく損壊していた宮神輿の改修には、多大な費用がかかったことが想像され、改めて地元コミュニティの連帯感の強さを想わずにはいられない。
この度の平塚神社九百年祭のゆえんは、正確には八幡太郎源義家没後九百年という鎮魂が込められている。
神幸祭は16日午前7時の宮出しに始まり、上中里の跨線橋を渡って粛々と昭和町方面を巡行。大休止をはさんで、移動された宮神輿は、午後1時30分に滝七小学校を出発。中里町内を練り歩き、午後5時前には、上中里高台方面から、いよいよ宮入のための神幸となった。
それまで総代や実行委員らを除いて、各町会氏子が担っていた担ぎ手たちも、次第に数を増やし、平塚神社の長い参道に入る頃には祭りは最高潮を迎えた。
宮入を惜しむかのように、行列は逡巡を繰り返し、巨大な宮神輿は大喚声の中、恙なく神殿前に鎮座した。
先号でもふれたように、戦後2度目ともいわれる全町巡行が実現したのは、ひとえに神職・氏子たちの熱意によるものだ。企ては昨年暮れには決定していたようだが、長らく損壊していた宮神輿の改修には、多大な費用がかかったことが想像され、改めて地元コミュニティの連帯感の強さを想わずにはいられない。
この度の平塚神社九百年祭のゆえんは、正確には八幡太郎源義家没後九百年という鎮魂が込められている。
神幸祭は16日午前7時の宮出しに始まり、上中里の跨線橋を渡って粛々と昭和町方面を巡行。大休止をはさんで、移動された宮神輿は、午後1時30分に滝七小学校を出発。中里町内を練り歩き、午後5時前には、上中里高台方面から、いよいよ宮入のための神幸となった。
それまで総代や実行委員らを除いて、各町会氏子が担っていた担ぎ手たちも、次第に数を増やし、平塚神社の長い参道に入る頃には祭りは最高潮を迎えた。
宮入を惜しむかのように、行列は逡巡を繰り返し、巨大な宮神輿は大喚声の中、恙なく神殿前に鎮座した。
