江戸期の巣鴨を探る
豊島区立郷土資料館 企画展 A・LA・SUGAMO<あ・ら・すがも>意外な発見

10月24日から始まった豊島区立郷土資料館の企画展「A・LA・SUGAMO<あ・ら・すがも>」は、菊香る秋に地元を再発見する楽しい驚きに満ちている(12月9日(日)まで)。中山道との関わりの中で、いかにして巣鴨は都市化をしていったのか・・・
(写真は巣鴨地蔵通り商店街の賑わいと江戸名所図会に描かれた巣鴨庚申塚)
10月1日から11月30日は東京都文化財ウォーク期間。この期間に合わせて、各地で様々な催しが開催されている。豊島区でも展示、講演会・観賞会、実演など、このフェアにちなんだ行事がめじろ押し。そんな中で、よく知っているようで実は知らなかったことを発見できるのは、実見ならではの醍醐味だ。
豊島区立郷土資料館(豊・西池袋2-37-4 TEL:3980-2351)で開かれている「A・LA・SUGAMO<あ・ら・すがも>」を、開催直前に取材した。
うかつな思い込みだったが、記者などは日本橋を起点に板橋宿までの中山道を、一気に踏破する旅のイメージを漠然と抱いていた。思い返してみれば、中山道第一宿の板橋宿までは10数キロ。休みなく歩くことは不可能ではないが、小休止は欲しいところ。朱印内の町場はもちろん、参詣目的の往来もあった巣鴨庚申塚周辺に、休み処があって不思議ではない。
斉藤月岑らによって19世紀半ば頃に版行された『江戸名所図会』には、「巣鴨庚申塚」の賑わいが描かれている(図)。

中央葭簀張りの休み処に囲まれた石碑が庚申塚。左右の大往来が中山道で、馬子の客争いだろうか、仲裁される荒くれ者が描かれている。団子や水菓子を商う露店、馬でゆく夫人、駕籠かきなど、まことに平和な光景が描かれている。
巣鴨村の都市化(町場化)は江戸期早々から始まった。
延享2年(1745)大江戸の一部に組込まれた巣鴨町の発展
江戸の菊見ブームを牽引したのは実に巣鴨町の菊作りであった
中山道が巣鴨の町場としての発展に大きく寄与したことは間違いがない。その都市化エポックを迎えたのが、延享2年(1745)のこと。それまで江戸市外とされていた巣鴨ならびに巣鴨眞性寺門前が江戸の一部に編入されたことによる。時は八代将軍吉宗が長男家重に譲位するという時代。春には江戸の大火があり、秋には老中・松平乗邑が罷免され、謹慎の上1万石の没収となる事件が起こった。
「意外かもしれませんが、江戸時代のはじめ頃から、巣鴨地域は芝・増上寺の寺領でした。徳川綱吉による判物や新田開発文書、百姓惣代らによる借財などの古文書が、そのことを物語っています」と、取材に応じてくださった郷土資料館学芸員の秋山伸一さん。今回の展示ではその関連新資料4点が展示されている。
とりわけ啓発されるのは、江戸市民の間で一大ブームをなした菊見客が、街道沿いの植木屋のつくる菊を一目見ようと押しかけたことが、さらなる巣鴨の賑わいをもたらしたこと。とくに菊を使って景物に仕立てる見せ物は評判を呼び、錦絵の題材とされたほどだった。こうした観賞用園芸の実力が、巣鴨の都市的地力を育んだのである。
取材協力・写真提供/豊島区立郷土資料館
豊島区立郷土資料館2007年度企画展
A・LA・SUGAMO<あ・ら・すがも>―中山道と巣鴨地域―
開催中~12月9日9時~16時30分
入館無料
休館日 毎週月曜日と11月3日、11月18日、11月23日
